沖縄レンタカーなどで歴史をたどってみると楽しいですが、沖縄の歴史上なんと実在の王として初めて登場したのは、浦添按司の尊敦(舜天は諡号)でありますが、なお伝説によると、保元の乱に敗れ流罪になってしまった源為朝が、この沖縄に逃げ延びてきて、地元の領主の娘と結婚して産まれたのが尊敦であるといわれており、その真偽の程は定かではないようです。
さらに当時の本土は戦乱の激しかった時代であり、その敗軍の将兵が沖縄に落ち延びるケースがあったらしいので、そのことが「為朝渡来伝説」として語り継がれるようになったといわれているそうです。
さらに、尊敦は、15歳の時に浦添按司に推されていて、、なんと22歳の時に王位を簒奪した利勇を攻めて滅ぼし、群臣に推されて王位に就いたなどは有名です。
さらに舜天王統は、舜馬順熙、義本の三代で滅んでしまいました。
なお義本は1249年に即位し、その頃から、飢饉や疫病が流行るようになりましたが、琉球国内が混乱したようです。
そのため、義本は自分より徳のある人が王位に就くべきだと考えており、なんと自ら位を退くことになり、その代わりに王位に就いたのは、英祖のようです。